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— Business Media 誠:「自己分析」に意味がない3つの理由「自己分析」に意味がない3つの理由
1つ目。
就職活動というのは、自分で自分と会社を上手にマッチングさせるという作業です。そのためには、自分のことと、マッチングさせる対象である会社のことを知る必要があります。だから自分のことを理解するために「自己分析」が必要だということなのですが、たとえ自分のことが分かったとしても、マッチングさせる対象としての会社や仕事を間違って理解したり、よく分からなかったりしたら上手なマッチングはできません。
会社や仕事が分かることが、学生に可能か。会社というものは、“自分”と同じように深い。会社や仕事とはそんな簡単なものではないし、だいたい会社の中にいても中々分からないのに、広告や説明会や企業研究やらで理解できるはずはありません。だから、「自己分析ができたら、間違いのない会社選びができるようになる」というのは、大間違いです。
2つ目。
自己分析ができたおかげで、自分に向いている会社に入ったとしましょう。でも、配属はどうなるか分かりません。どんな仕事をするかは、会社が決めることです。どんな人が上司になるかも分かりません。向いていると思った会社に入ったとしても、合わない上司につくかもしれないわけです。さらに、その会社がその後どうなっていくかも、その会社にいる人も含めて誰も分かりません。
会社というものはどうなるか分からないし、自分が何をしていくのかも分からないし、それらは自分で決められることではない、ということを理解しなければなりません。要は、混沌とした未来から見てみれば、自己分析をベースにした選択なんてとても微力なのです。自己分析もキャリアをデザインするのも、やることは否定しませんが、ビジネスパーソンとしてのキャリアは、縁や偶然に大きく左右されることを無視してはいけないのです。
3つ目。
自分を進化させる、自分を変えていける人でないと、内定という目の前のことも、一人前になってキャリアを積んでいくこともできないということ。「今の自分に適した仕事を探そう」なんていうのは、それとは反対の考え方で、適職探しのために自己分析に取り組むのであれば、やればやるほどショボクなります。そんな考えの人を、企業は採用する気にはなりません。
置かれた環境や、周囲から受ける期待に応じて、いつも自分を変えていこうとする、仕事や顧客や上司の力を借りて新しい自分を創っていく、企業はそんな気概を持つ学生を採用したくなります。自己分析の結果を鵜呑みにして、「適職なのでやってきました」では採用したくもなりません。
就活生に言いたいのは、「自己分析よりも、もっともっと大事なことがある」ということ。それは、「どうなるか分からない将来に立ち向かう覚悟をする」こと。そして、「混沌の中でも何とかしてやるという意欲を持つ」こと。キャリアセンターも、自己分析やコミュニケーションスキルとかそんな小手先の指導はやめて、本質をしっかりと理解させることに注力すべきです。でないと、いつまでも就職実績は上がってきません。
シゴタノ! — スケジュール管理でなく、スケジュールの振り返りのためにGoogleカレンダーを使う
- 赤
- 種まき(緊急でないけれど重要なこと)
- 緑
- 食いぶち(緊急で重要なこと)
- 青
- 日課(緊急だけど重要でないこと)
- 黒
- 思いつき(緊急でも重要でもないこと)
どうして、寝る前はあれほど「早起きする!」と強く思っているのに、なかなか起きられないのでしょうか。それは、早起きしてすべきことをはっきり決めていないからです。— シゴタノ! — 朝早起きしたいなら、To Do リストは朝イチでなく寝る前に作る
「朝早起きすればいいことがあるかも」「時間を有効活用できるかも」そんなぼんやりした目標では、睡眠欲に負けてしまうのがオチ。ですから、朝早起きてすることを具体的に落とし込むために、寝る前にTo Doリストを作ることをお勧めします。
— らばQ:地球から人類が消えても、永遠に残るもの
- 人類が消えて2日後
- 水の汲み上げがストップすることにより、ニューヨークの地下鉄は完全に水浸しになる。
- 7日後
- 原子炉の冷却水を循環させる発電機の非常用燃料が尽きる……
- 1年後
- 電波塔の警告ランプの点滅や、高圧線の電流が止まる。これにより今まで世界で何十億羽と死んでいた鳥たちが死ななくなる。
- 燃え尽きた原子炉の周囲に、動物たちが戻ってくる。
- 3年後
- 暖房熱が失われた寒冷地では、とうとう水道管が破裂しはじめる。収縮・膨張を繰りかえした建築物はきしみが出るようになり、屋根と壁の間に隙間ができる。
- 暖房の無くなった寒冷地では、冬を1~2度越すとゴキブリが全滅してしまう。
- 10年後
- 10年前に雨漏りが始まっていた屋根は、もうすでに消えている。
- 20年後
- 線路や道路を支える鉄柱が腐食し、湾曲する。パナマ運河が埋まっていき、大陸が再結合しはじめる。野菜は味の悪い野生の品種に戻っていく。
- 100年後
- 象牙の貿易が無くなって100年。50万頭まで減っていた象が20倍に増加。
- 飼われていた猫たちは野性化し、猫の獲物となった狸、イタチ、狐などが激減していく。
- 300年後
- ニューヨークの橋が落ちる。世界中のダムが枯渇したり溢れたり崩れたりする。ヒューストンのような三角州に作られた街は流される。
- 500年後
- 気候が穏やかな都市は森となり、丘が減り、開拓者たちが開拓する前のような土地に戻っていく。森にはアルミやステンレス、プラスチックの食器やら調理器具やらが埋もれている。
- 数千年後
- ニューヨークのコンクリートジャングルは氷河に埋没する。人間が作った建造物で残っているものは、地下深くに掘られたドーバー海峡の英仏海峡トンネルだけである。
- 35000年後
- 煙突が立ち並ぶ工業時代に廃棄された鉛が、ようやく土で浄化される。ただしカドミニウムは75000年後まで待たねばならない。
- 10万年後
- 二酸化炭素の量が原始時代の頃と同じくらいになる。
- 25万年後
- 地球の自然の放射能により、プルトニウム爆弾の濃度が腐食した金属とともに消えて行く。
- 数十万年後
- あるいはもう少しかかるかもしれないが、進化した微生物がプラスティックを分解できるようになる。
- 720万年後
- アメリカ黎明期の大統領の顔が刻まれたラシュモア山は、隕石や地震で破壊され、痕跡がわずかに残る程度に。
- 1020万年後
- ブロンズの彫刻や象はまだその形をとどめている。
- 30億年後
- 我々が思いもよらない生物が地球上で栄える。
- 45億年後
- 50万トンの劣化ウランがようやく半減期を迎える。
- 太陽は膨張し、地球の温暖化が進む。しかしもう数億年は原始生物に似た微生物が生き長らえて行く。
- 50億年後
- 太陽は死期に近づき、地球は膨張した太陽に飲み込まれて焼失する。
- そして……
- 我々が流したテレビやラジオの放送電波は、まだ宇宙を漂っている。そう、永遠に……
— 最近見た素晴らしい「努力」の定義 - インターネットください努力とは何か
何らかの成果が出た時、その成果を得る為にとった行動が努力として規定される。つまり、「成果が出た」時点から遡って、「努力をした」という過去が形成されるのだ。故に努力は必ず報われる
「努力すれば報われる」というのは全くのウソで、実際にはある「成功」が発生した時点からその成功者の過去を遡り、その現象をうまく説明できそうな適当な理由が発見された時、それが「努力」と定義される
— 頭が悪い人向けの、ビジネス書の読み方 : ロケスタ社長日記
- もくじを熟読
- 著者欄を熟読
- ネットとかでその本について調べてレビューを読む
- どんないいことが書かれているか仮説を立ててどっかに書いておく
- 1時間で読み切るぞと時間を計って読む(電車を降りるまで、とか決めてもOK)
- ぐわって仮説で立てた個所がないか探しながらざっと全体を「眺める」
- 関係ありそうなところがあれば本のはしを追っておく
- 関係ありそうなところは熟読
- 読み終わったらもうその本は捨てちゃう。
- その本から何を得たかどっかに書いておく。書かなくても頭の中で考えておく
— 時間と宇宙と次元と(動画) : Gizmodo Japan
- 1次元
- 点。縦も横も奥行きも一切のサイズというものを持たない点。ある位置を示すだけの考え方。
そこに点をもう一つ。これで点と点との間というサイズが生まれる。この2点を結んだ線。線。長さ。1次元。- 2次元
- 1次元の線に、もう1本線をたす。平面。幅。2次元。
この世界にはまだ奥行きというのもがないので、平面人間はビデオに出てくるようにペラペラ…、いやペラペラどころではなく、横から見ると無なのです。
もちろんものを食べたり飲んだりできません。なぜなら、食べたり飲んだりするための管が平面人間に通ると奥行きがないため、平面人間は2つのパーツに切断されてしまうからですね。- 3次元
- 我々の世界ですね。縦、横、奥行き。長さ、幅、高さ。3次元。
さて、ちょっと違う見方をしてみましょう。
蟻が紙の上を歩いています。紙をくるんと丸めると、蟻はA地点からB地点へ移動できます。これが3次元です。この移動は2次元ではできません、だってくるんと丸める高さがありませんからね。- 4次元
- 長さ、幅、高さの3次元。次は何を足せるでしょうか?
1つは、持続していくということ、時間です。
今の自分。1分前の自分。この2人の自分を結ぶ線。これで4次元。
これを人生で考えると、赤ちゃんの自分から年老いた自分までをつなぐ蛇のような、少しずつ変化する金太郎飴のようなものになりますね。ただ、我々は3次元で生活しているので4次元の金太郎飴状態の自分を見る事はできません。
さて、ここで次元を1つずつ足していくことの興味深さを。それは、1つ下の次元からはその上の次元のことがわからないということです。
メビウスの輪を考えてみましょう。
ペンでメビウスの輪に線を書いて行きます。いつの間にやら両面に線を引いてスタートしたポイントに戻り、線は輪になります。ということは、そのメビウスの輪は両面ではなく片面しかないということでしょうか? つまり平面(2次元)ということでしょうか?
2次元で考えると、線をまっすぐひいていたはずが、いつのまにかスタート地点に戻っていた、という奇妙なことになります。もちろん、3次元で考えると輪はひねりがはいっているのでなんてことないのです。
つまり、4次元の時間というものは3次元で生きる我々にとっては、過去から現在から未来というまっすぐな線のように見えますが、4次元の世界でみるとメビウスの輪のよにひねりがはいったものではないのでしょうか。
そこで、ここで次の次元。- 5次元
- この5次元はその4次元のひねりによってうまれるもの。つまり、存在しえた別世界です。
あたしは現在東京在住ですが、もしかしたらこの瞬間に福岡在住の自分もあり得たかもしれない。現在ガジェットラヴァーのあなたが、現在波乗りサーファーのあなたの世界もあり得たかもしれない。
この起こりえる5次元の世界は、自分自身の選択、チャンス、そして他人の行動によって左右され、枝分かれしていきます。この起こりえる多くのことから、自分で1つのものをとらえそれを4次元の世界(時間軸)に反映させて我々は生きています。- 6次元
- さて、ちょっとややこしくなってきますよ。
例えばもし20歳の自分が3歳の自分を訪ねたいとします。どうしましょうか?
4次元の世界を5次元のように丸めて時間や空間を飛び越えて会いにいけるでしょう。では、もし大天才に産まれ大発明をした3歳の自分、そしてそのおかげで現在は超有名お金持ち発明家となっている世界の自分を訪ねにいきたいとしたらどうでしょう?
今の自分からどんな5次元の世界を考えても、大天才に産まれた3歳の自分というところまで戻らなければ、超有名お金持ち発明家の自分とは会えません。考えられるのは、3歳の自分のところまで戻り、そこから大発明をした3歳の自分の世界へジャンプして、また時間を旅して超有名お金持ち発明家の自分を訪ねる、という方法です。なんだかまどろっこしいですね。
6次元の世界はこのまどろっこしさを全てジャンプします。3次元で紙をまるめて蟻をジャンプさせたように、5次元の世界をくるりと丸めて今の自分から発明家の自分へとジャンプできる世界です。それが6次元。- 7次元
- 無限。
1次元2次元3次元は点の集合の線でなりたっていました。4次元ではそれらを時間軸で考えました。その時間軸を自分の人生からもっと大きくして宇宙の始まりから終わりまで広げます。
全ての考えられる可能性のある時間軸、それは宇宙の始まりビックバンからスタートしたもの。つまり1次元から6次元まで全てを、7次元では1つの点と考えます。
するとこの点は無限を表現し、それが7次元となります。無限。- 8次元
- 7次元の無限から一体どうやってこれ以上次元を増やすのでしょう? それは、この7次元の点自体を増やすという考えです。
我々の存在する無限の7次元から、それとは全く別の異なる7次元(点)がどこかに存在している。それが8次元。- 9次元
- 3次元と6次元でやった、くるりとまるめて、1つの場所からもう1つの場所へジャンプすること。それをこの9次元でも行います。
完全に異なる8次元の点と点をくるりとまるめてジャンプできる世界、それが9次元。- 10次元
- ちょっと初めにもどりましょう。
1次元の線。これは点からはじましたね。そこからたくさんの線をひいて次元を増やしていきました。この10次元では、その線を可能な限り枝分かれしてひいていきます。全ての可能性の全ての時間軸、それによってうまれる起こりえる全ての世界、それが無限にある宇宙、そしてまた別世界に存在しうる宇宙、そうして無限に線を1つの点から枝分かれにひいていくと、線は無限に増えそれは大きな点になります。点にはサイズはありません。それが最後の次元、10次元、点。
さて、1つの点があります。ではまたどこかにもう1つ点をうちましょう。
では一体何の点をどこに?
これらの考えられる、縦横高さ時間の可能性、全てはもうこの10次元の点の中にはいっているのです。これ以上どこに行くこともできません。
最後はまた1つの点で終わります。
これが我々の世界、宇宙の不思議であり魅力です。
sta という表記より、初めの文字を大文字にして省略のピリオドをつけた— station を sta と略したものはよく見かけますが museum は 略したりしないんです… - Yahoo!知恵袋
Sta.の方が一般的ですね。これは「博物館・美術館」も同じで
・Mus./mus.(museum) のように表記されることはあります。ただし、慣用としてすでに一語のようになっている場合は、gym/Gym (gymnasium: 体育館)や dorm/Dorm (dormitory: 寮)のようにピリオドなしで表記されることもありますね。この他には
・Hosp. hospital: 病院
・Sch. school 学校
・Corp. corporation: 会社
・Dept. department: 学部・部署
・Sect. section: 課
・Dist. district: 地区
・Elem. Sch. elementary school: 小学校
・Col. college: 単科大学
・Univ. university: 大学
・Inst. institute: 研究所
・St. street 通り
・Ave. avenue: 通り
・Rte. route 国道
・Expwy. expressway: 高速道路
といったものもあります。以下のものはよくご存知の表記です。
・Pref. prefecture: 県
・Riv. river: 川
・Mt. mountain: 山
— らばQ:心にズドン…90歳の老人が語る45の人生の教訓
- 人生は公平では無いけれど、それでもいいものだ。
- 疑わしいときは、次の一歩は小さく歩もう。
- 誰かを嫌うには人生は短すぎる。
- 病気になると仕事は自分の面倒をみてくれない。友人や家族がしてくれるのだから連絡を取っておこう。
- クレジットカードの支払いは毎月全額支払っておくのだ。
- すべての口論に勝たなくていい。反論にも賛成してみよう。
- 誰かと一緒に泣こう。一人で泣くより楽になる。
- 神様に怒っていい。彼なら受け入れてくれる。
- 初めての給料から、老後の蓄えを始めよう。
- チョコレートに関しては抵抗は無駄だ。
- 「過去」と平和を維持していれば、「現在」をダメにすることはない。
- 自分の子供に泣いているところを見られたってよい。
- 他人の人生と比べるな。人がどんな軌跡をたどったのかなど、分かりはしないのだから。
- もしその関係が人に言えないのなら、関わるべきではない。
- すべてのことは一瞬のうちに変わるが、心配しなくてもよい。神は見ている。
- 深呼吸をしよう。心が落ち着く。
- 使えないもの、美しくないもの、楽しくないものは、何でも取り除こう。
- もし死なずに助かったときは自分を強くする。
- 子供時代のような幸せを持つのに遅すぎるということはない。ただし2度目は他人の力に依存してではなく自分次第である。
- 自分の好きなことを追い求めるとき、自分の出した答えに拒否を示すな。
- キャンドルを灯し、シーツを新しくし、素敵な下着をつける。特別な日のためにとっておくのではない。今日という日こそが特別なのだ。
- 準備をぬかりなく、そして、なるように、ありのままに。
- 今、変人になろう。歳を取るのを待ってから紫色の服を着なくてもよい。
- 夜の秘め事をする上で、一番大事な機能は脳である。
- 幸せになる上での責任は、自分自身以外にない。
- どんな災いも、次のセリフで閉じ込めてしまえ。「5年経ったらこれはそれほど大事なことなのか?」
- いつも「生(せい)」を選ぼう。
- 何でも誰でも許そう。
- 他人が自分を何と思おうと、知ったことではない。
- 時間はどんなことさえも癒す。時間を与えよ。
- どんな良いことも悪いことも、変わる。
- 自分のことを、まじめに捉え過ぎる必要はない。他の誰も気にしてしない。
- 奇跡を信じよう。
- 神様は神様だから愛してくれる。何をしたか何をしなかったかではない。
- 人生を計算するな。参加して今を楽しもう。
- どんどん年齢を重ねることは、その反対よりずっといい。 若くして死ぬよりだ。
- あなたの子供の子供時代は1度きりだ。
- 最終的に真に大事なことは、愛したということ。
- 毎日外に出よう。奇跡はあちこちで待っている。
- もし皆がトラブルを山のように捨てたとして、他人のと見比べたら自分のは持ち帰ろうと思うものだ。
- うらやましがることは時間の無駄である。もうすでに必要なものは持っているものだ。
- 最高のときはこれから来る。
- どんな気持ちになろうとも、起き上がって、着替えて、そして姿を見せよう。
- 恵みなさい。
- 人生はリボンで結ばれているわけではないが、それでもギフトである。
ふと思ったこと。— Loox Uと初音ミクで行こう!: 「勝」「負」
「絶対に負けない!」
と
「絶対に勝つ!」
では、どちらが勝利を手にしやすいのだろうか。
単なる気持ちの問題ですし、人によって結果は違うと思うんですけどね。
簡単に分別すると、前者は挑戦を受ける側で、後者は挑戦をする側です。
挑戦をする側が「絶対に負けない!」って思うこともあると思いますが、傾向的には「絶対に勝つ!」ですよね。
その逆も然り。
個人的な感想なのですが、絶対に負けないって思いより、絶対に勝つって思いのほうが若干強い気がします。
そして、勝利を手にしやすいのかなぁと思います。
後者のほうがポジティブな印象が強いからでしょうかね。