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Sat.,
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「正解はない」という前提で決める

「この決断で間違いないという自信がもてるまで、決められない」

このようなスタンスでいる人は、結局いつまでたっても意思決定できませんし、何一つ行動に移せないのです。意思決定とは行動するための第一歩であり、永遠に考えているだけでは哲学者になってしまうでしょう。

(中略)

準備と根拠を徹底する一方で、「あらゆる意思決定には正解はない」という前提できちんと答えを出すことにしましょう。

P.30

100点にこだわっていては意思決定→行動できません。

「正解」ではなく、「最適」を考えるようにしましょう。

正解=結果は、やってみないと誰にもわからないのです。

「どうしよう」ではなく、選択肢をつくる

意思決定の際、「どうしよう?」と考えてしまうことがありませんか?

上司に対し、「こういう問題があります。どうしましょう?」と聞く人もいますが、これでは意思決定することを放棄していますね。

問題が整理され、選択肢化されていれば、「このなかから、どれを選ぶか?」という点にしぼって考えることができます。

P.94

まずは問題を整理しましょう。それには「紙に書く」のが良い方法です。

紙に書くというシンプルな行為は、思考や感情の可視化にもつながり、すべてが客観的かつ明確になります。

P.101

そして選択肢を絞り込む。これで、意思決定はかなりラクになるはずです。

あとは、そのなかからベストなものを選ぶ、または優先順位をつけることをすれば良いのです。

上司に相談するなら、「どうしましょう?」ではなく、「A案、B案、C案とあり、私はA案と考えますが、いかがでしょう?」としましょう。

「見込み六割」で意思決定し、残り四割は行動しながらカバー

一つ間違えたら永遠に取り返しがつかない意思決定など、この世にそうはありません。また、これまで述べてきたとおり、100パーセント絶対に正しい意思決 定もありません。この事実を認識し、「見込み六割でどんどん意思決定し、残りの四割は行動しながらカバーしていく」習慣をつけましょう。

逆にいうと、残りの四割をどうカバーするか、多少間違ってもどのようにリカバーしていくかが意思決定においては大切といえます。

P.116

ご自身の人生を振り返ってみても、「間違えた判断をしたはずが、結果的にはいい方向へ向かった」ということがあるのではないでしょうか。

結局、なにが正解かわからないし、思い通りに行かなかったとしてもその後のリカバー次第ではより良い方向へ持っていくことができるでしょう。

「六割は進めのサイン」

P.117

このように考え、意思決定→行動してみましょう。

すべてのトラブルは意思決定の練習

トラブル・失敗というのは苦しい経験です。

しかし、1つめの選択肢でダメなら、次の選択肢を試す。

そのリカバーが重要なのです。

このような意思決定を次々と経験していけば、ストレスにも強くなり、また経験の蓄積から意思決定の精度も上がります。

毎回の意思決定は、次の意思決定の練習でもあるのです。

どんな情報にもバイアスがかかっている

意思決定の際、他人にアドヴァイスを求めることがあるでしょう。

しかし、どんな意見にもかならずバイアス (先入観、偏見) がかかっています。

意見する人の立場、考えがどうしても反映されるのです。

たとえば、私に「iPhoneかAndroidか、どちらが良い?」と聞かれれば、Androidについて詳しく知らないのに、自分が使っている・好きだという理由で「iPhoneだ」と言ってしまいます。

服屋で店員さんにどの服を買うか相談するにしても、あなたに似合うかどうかだけでアドヴァイスをしているわけではありません。

意識的か無意識かは別にして、店員さんの好み・店員さんや店のメリットなどが、その意見に反映されているはずです。

TVや新聞のニュースですら、偏っています。

まず、膨大な情報の中からどれを取り上げるか、という時点で既にバイアスがかかっています。

同じレベルの事件を2つの企業がおこしたとしても、A社の事件を取り上げてB社を取り上げていない可能性があります。

意思決定のために情報収集をする際は、すべての情報は偏っているという前提を忘れてはいけません。

あなたの「意思決定力」「行動力」を劇的に上げる5つの考え方 - ライフハックブログKo’s Style

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知ってることを書く

君の思う、「こんなこと、○○やってる奴なら、誰だって知ってるだろう」は、意外と知らない人が多い。

普段から、それを知らない人の視点で考えてみる。

気づいたことを書く

でも新しくなくていい。

ネットのどこかで既出でもいい。

君自身が気づいたことや、思いついたこと、感じたことがあれば、それを書けばいいと思う。

自分なりに検証する

内容や意味が不安な部分は、一応ググるなりして検証してみる。

これが結構、勉強になったり、また違う発見があったりするよ。

素人にもわかるように書く

専門用語や、難しい言葉を使わずに、

できるだけ、素人とかオカンとか、ぼくにもわかるように書く。

勇気をもって省く

省いた箇所は、必ずつっこまれる。

そのツッコミを恐れて、細かい事まで書いてしまうと、すごく読みにくい文になる。

読みにくい文は、みんな読むのをやめてしまう。

だから、つっこまれるのを承知の上で、細かい例外や、但し書きなんかは、あえて省く。

わかりやすさを優先する。

何回も自分で読む

数時間後の自分は、ちょっとだけ別人かもしれない。

別人の視点で眺めると、また違った発見や表現が生まれるよ。

書かないより、書く方がずっと社会に貢献してる

「わかる奴にだけわかればいい」

「これは常識だから、いまさら書くのもアレ」

うん。それもいいけど、わかりやすくして、あえて書いて発信する方が、もっと良いと思う。

その知識や発見、思ったことをもっと書いて、ネットにどんどん情報を増やそう。

君の書いた一文が、他の誰かにとっての良いヒントになるかもしれない。

ブログを書くときの考え方7つ - ぼくはまちちゃん!(Hatena)

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Fri.,
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「五羽のカモメが防波堤にとまっている。そのうちの一羽が飛び立つことを決意した。残っているのは何羽だい?」

「四羽です」

「そうじゃない。五羽だよ。飛び立とうと決意することと、実際に飛び立つことはまったく別物だからね」

「いいかね? 誤解されがちだが、決意そのものには何の力もないんだよ。そのカモメは飛び立つことを決意したが、翼を広げて空を舞うまでは防波堤にとまったままだ。残りのカモメとどこも違わない。

人間だって同じだよ。何かをしようと決意した人と、そんなことを考えてもいない人とでは何の違いもないんだ。

ところが人は、他人のことは行動で判断するのに、自分のことは決意で判断することがよくある。しかし、行動を伴わない決意は、期待してくれている人に対する裏切りでしかない。

たとえば、「花を贈ろうと決めていたのに、実際には贈らなかった」「期日どおりに仕事を終えるつもりだったけれど、間に合わなかった」「誕生日にお祝いに行こうと思っていたが、結局行かなかった」という具合にね」

希望をはこぶ人」 (アンディ・アンドルーズ 著/ダイヤモンド社) より

「やるつもりだ」とか「考えてはいるんです」という言葉は基本的に聞き流すことにしています。結局それが実行されるまではなんの意味もないと思うので。

ところが、自分自身に対しては違っていました。(>_<);;

「他人のことは行動で判断するのに、自分のことは決意で判断することがよくある」という部分がグサッと胸にささりました。図星です。

他人のことは本当にそう思っているかどうかわからないから行動 (結果) で評価しているのに、自分のことは「本当にやるつもりなんだ」ということをわかっているのでそれで良しとすることがあるんです。

「やるつもりだ」という決意が本当だったとしても、それを行動で示さなければ他の人から、「やるつもりだ」と口で言っているだけで本当はそんなつもりはないにちがいないと評価されても仕方ありませんね。

[名言] 他人のことは行動で判断するのに、自分のことは決意で判断することがよくある。しかし、行動を伴わない決意は、期待してくれている人に対する裏切りでしかない [名言コツコツ]

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Sat.,
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ジャパネットたかたの高田社長がビデオカメラを売る際に子どもだけじゃなくて、親の顔を撮ったほうがいい、その子どもが大きくなったときに、自分が幼い頃なんてぶっちゃけどうでもいいけれど、自分の誕生を両親がどれだけ喜んでくれていたかを実感できるのは素敵だというような話をされていたんだけど、ほんとにそうですね。
同じことは結婚式とかの祝いごと全般にいえるんですけど、大事なのは当人よりも周囲の人たちだったりしますね。
たぶんプロのカメラマンはそこをよくわかってるんでしょうね。
周囲は背景じゃなくて、むしろメイン。
もちろん当日のメインは新郎新婦なんだけど、彼らが後日いちばんうれしい (見たい) 写真は自分たちの笑顔じゃなく参列者が心から喜んでくれる様子で、それを記録しなきゃもったいない。
そういうことにいまさら気づいてちょっと後悔しています。
甥っ子や姪っ子が生まれたときに、そりゃもうかわいいものだからアップで撮りまくっててぼくのパソコンのハードディスクにはそんな写真や動画がいっぱい入ってるんですけど、妹夫婦の顔とか、うちの両親 (つまりおじいちゃん、おばあちゃん) の顔はほとんど残ってない。だって撮ってないもの。
これからは周囲をいっぱい撮ることをオススメします。
周囲の写真を撮ったほうがいい : 2chコピペ保存道場

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Tue.,
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イギリスのチェスタートンという批評家の名言に好きな言葉がある。
「なぜフェンスが建てられたのかわかるまで、決してフェンスをとりはずしてはならない 」
高級なクラブなどに行くと気づくのは、そこにある灰皿が極端に小さいことだ。小さく造形された灰皿はそれだけで独特な美しさを持っているが、ここには原作者の粋なアイデアが詰まっている。小さな灰皿は、一本でもたばこを吸えばいっぱいになってしまう。そうすると、スタッフが灰皿を新しいものに替える。そうするとことで、客への細やかなサービスを演出できるし、スタッフに自然と客へ細かく注目させることを可能にしている。
もちろん、これを違うやり方で実現することもできる。たとえばマネージャーが、スタッフに「客を細かく見ろ。灰皿は、客が一本たばこを吸ったら必ず変えろ」と言えばいい。そういうマニュアルを作ってもいいし、バックルームに貼り紙をしてもいい。なんらかの指示や号令を書いた張り紙は、オフィスなどでもよく見られるものだ。でも、これは無粋なのだ。指示を掲出すれば、指示を出せば、理解して実行されると思っているのだ。それは緊急時には実行されないし、世代をまたぐと継承されないし、新人には毎回指導しなければいけないということが理解できていない。
無粋な人は、フェンスがなぜ建てられたかを考えない。
高級クラブのマネージャーが無粋な人であったなら、客の灰皿がいっぱいになっているのを見て、「もっと灰皿を大きくしなければならない」と思うだろう。彼は、なぜ灰皿が小さくされているのか気づくことがない。人が造形したあらゆるものは、何らかの理由があってそうなっている。チェスタートンが言うように、「誰かが何かの理由で、誰かの為に良かれと思って立てた」のだ。フェンスは勝手に生えたりしない。
無粋な人は、すぐ言葉に頼る。灰皿を替えさせたいなら、そう言えば、そう書いておけば皆がそうすると思っている。しかし本当に効果のある、粋なアイデアというのは、環境に埋め込まれたときに発揮される。そう指示されていると気づかないうちに指示に従っている、そういうものだ。高速道路の駐車場が斜め向きなのは逆走を防ぐからということらしいが、こういうものこそ「粋なアイデア」だと思う。無粋な人は、進行方向を書けばいいと思ってしまうし、クルマを沢山詰め込めるとかいう理由で、ひょっとしたら斜め向きをやめてしまうかもしれない。
アイデアは民主的なものだから、誰が出したっていい。でも、既存のアイデアを廃止するなら、無粋な人にならないように注意しなければいけない。無粋な人は無粋な人なりに、フェンスがなぜ建てられたのかということを考えるべきだ。
フェンスを外す人 - β2

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Sat.,
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今回、「via」の意味と使い方を解説します。

ツイッターを使う方はよく「via」を見かけると思います。「twitter」での使い方は後ほど説明しますが、ここでは、まず「via」の基本的な意味をみてみましょう。「via」とは、「を由来して」という意味で、通常の英語でいうと、「by way of」になります。実際、「via」は「道」を意味するラテン語に由来します。実際、英語の「via」はまだ旅行の話で使われています。例えば、

He flew via London to Paris.
彼はロンドン経由の飛行機でパリーへ行った。
She came back home to Japan via Hong Kong.
彼女は香港経由で日本へ帰った。

多くの場合、「via」は車の話ではなく飛行機、船、電車の話で使います。

郵便やメールの話でも「via」を見かけます。どんな方法で手紙を送るかを特定する時に使います。この使い方はよくビジネス英語に見られます。

I am going send the letters via airmail.
私は航空便で手紙を送るよ。
I will send the diagram to you via email.
私はメールで図をお送りします。

最後に、「via」は「によって」や「の媒介で」という意味にもなります。

He succeeded via hard work.
彼は一生懸命働くことによって成功した。
She read "1Q84" via the English translation.
彼女は1Q84を英語版で読んだ。

では、「via」は「Twitter」では、どのように使われているのでしょうか。

「via@ツール名」の場合は、そのツイートはそのツールによって投稿されたということを示します。「そのツールによって」という意味ですね。

Good morning! via TwitBird

「via @ ユーザー名」の場合は、そのツイートはそのユーザーの引用をしめします。「そのユーザー経由で」という意味ですね。

Hey everyone! via @eigowithluke

多くの場合、Twitterの「via」と「RT - retweet」は同じ意味になります。

皆さん、「via」の意味が分かりますか?「via」はラテン語に由来する英語なので、通常の英語より堅い感じがします。友達と話している時には「via」をそれほど使いません。

「via」の意味 - ツイッターでの使い方、旅行での使い方 | 英語 with Luke

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「お人好しでは勝てない」とは、大リーグの往年の名監督、レオ・ドローチャーが1948年に残した言葉だ。ドローチャーはこの含蓄ある言葉を後に撤回するが、彼の人間に対する悲観的な見方をよく表している。我々は、トップに上り詰めるためには倫理的な面で妥協を強いられると、当然のように考えているが、恐らくはスティーブ・ジョブズのように大声や金切り声を上げたり、または映画「ウォール街」の登場人物ゴードン・ゲッコーのように法律を破ったりしなければならないのだろう。人生のゲームに勝つ人間は他の人と同じルールに従っていないし、だからこそ勝利者なのかもしれない。そこが重要な点だ。
ドローチャーや他の悲観論者は正しかったことが判明した:いわゆる「いい人」は損をしており、少なくとも稼ぎが大幅に少ないことが分かった。Journal of Personality and Social Psychology誌に掲載されたコーネル大学のベス・A・リビングストン、ノートルダム大学のティモシー・A・ジャッジとウェスタンオンタリオ大学のチャーリス・ハーストが行った研究によると、協調性の高さと収入のレベルは反比例するという。
用語の定義から始めよう。「協調性」には6つの要素がある:信頼性、率直さ、従順さ、利他主義、慎み深さ、そして優しさ。性格のいい人はこういった特長をすべて備えていると考えて間違いないだろう。それならなぜ、こういった特長を持っていない人間が職場で競争力を発揮するのだろうか?
性格の良いことは欠点かもしれない。その理由を考えると協調性のない人のことがよく理解できる。ここでいう協調性のない人間とは、アーティストのアリ・ゴールドのように振舞うことではないし、反社会的存在や意図的に他人に苦痛を与える人間であることをも意味しない。そうではなく、むしろ一般的に言ってかなり慎み深く、仲間から好かれるような人間も含まれる。しかしながら、ここでいう協調性のない人は、例外なくある特性を示している:彼/彼女らは「争いの際に自分のポジションを積極的に主張する」ことをためらわない。協調性のある人はグループの利益のためにすぐに妥協する—争いは決して楽しいことではないからだ—が、協調性のない人は態度を変えることはないし、自分が望むもののために戦うことを厭わない。
協調性と収入がどのような関係にあるのか探るため、リビングストンらはデータの収集を開始した。対象者は、最近10年間に新たに労働市場に参入した約9,000人。対象者のキャリアについてインタビューを繰り返し、認知/人格テストを実施した。協調性のレベルは、例えば、次のような質問で測定される:「5段階評価のうち、1が喧嘩好きで5が協調性があるとすると、自分は何点だと思いますか?」。または「1が協力的な人間で5が付き合うのが難しい人間だとすると、自分は何点だと思いますか?」。リビングストンらはこの調査結果と所得データの比較を行った。
その結果は驚くべきものであった。まず分かったのは新たに労働力となった女性の収入は男性よりもはるかに少ないという悲しい現実だった。教育、結婚/非婚、週の労働時間、雇用の継続性といった項目を考慮しても、若い女性の収入は同世代の男性よりも4,787ドル、平均で14%近く少ない。さらに、協調性のある男性の収入はそうでない男性よりも7,000ドル近く少ないことも分かった (女性はそれほど変わらず、わずか1,100ドル少ないだけだった) 。これも気を滅入らせる事実だ。
リビングストンらは研究を続け、その調査結果にて協調性のある人の収入が比較的少ないことを明らかにした。個人の特性や、性格のいい人は比較的儲からない職業を選択する傾向があるといった変数 (その数は膨大だ) を考慮しても、だ。リビングストンらはデータの結論を次のようにまとめている。
最初に行った3つの研究では、協調性が標準以下の人の収入は、標準以上の人を18.31パーセント (9,772ドル) 上回ることが分かった。一方、女性部門ではそれほど差が大きいわけではなく、非協調性という”特権”を持っている収入額はたった5.47パーセント (1,828ドル) 高いだけだった。この”特権”は、女性よりも男性に与える影響が強く、3倍以上も差が付くことが分かった。
この悲しい相関関係の要因は何だろうか?リビングストンらは最後の研究として、南部にある巨大な大学の経営学部の学生460人に対し実験を行った。ある職業に8人の候補者がいるという設定で、いずれの候補者も知的で洞察力があり、良心的な人物である。しかし、協調性のレベルはまちまちで、信頼でき、利他的かつ謙虚な人もいればそうでない人もいる。どの男性あるいは女性の候補者が管理職になることができると思うか聞き取りを行った。
またしても残念な結果が出た:協調性の高い候補者は管理職になれない可能性が高く、特に男性の場合はそれが顕著という結果が出た (女性の場合は性格のいかんにかかわらず、昇進の可能性がやや低い傾向にあった) 。
この実験結果は、お人好しの男性はモノにならないことを示唆している。というのも、人々はそういった人物に対して少しばかりの偏見をもっているからだ。協調性のある人々は解雇されにくいだろうし、人を監督する立場になるだろうが、賃上げ交渉にはあまり役に立たない。言い換えれば、非協調的な人が経済的な利益を享受するのは、彼/彼女らには自分の望むもののために戦う (たとえ他人を不快にさせるにしても) 意欲があるからだ。さらにリビングストンらが主張するのは、協調性のある男性はジェンダーとしての役割を果たしていないため、損をしているということだ。男性は自分の関心や利益ばかりを追求すると考えられているので—紋切り型で申し訳ない—自分のために行動しない男性を見下す傾向があり、引いては非独善的かつ利他的な男性への反発に繋がっている。言い換えれば、我々は最悪な人間に期待し、最高の人間に罰を与えているのだ。
とはいえ、お人好しの男性にとって悪いことばかりではない。新たな研究によると、優しさは、女性がパートナーを探す際の最も重要な項目だ (当然のことながら、手軽に恋愛をしたい人にとっては見た目のほうが重要だろうが) 。協調性でお金は儲からないかもしれないが、恋愛には役立つかもしれないし、幸せになることができるかもしれない。それは少しばかりお金が儲かることより重要なことだろう。
研究結果:お人好しほど収入は少なくなる « WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム
Sat.,
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このほど学術誌「Quarterly Journal of Experimental Psychology」に発表されたノートルダム大学のガブリエル心理学教授の研究結果から、考え事をしながら部屋を移動すると、ドアをくぐり抜けた瞬間に、ふと記憶が途切れてしまう傾向があることが判明したそうですよ。同じだけ歩き回ったとしても、部屋の中にずっといる人と、ドアを開けて部屋の外へ出て移動した人とでは、なぜか扉を通って部屋が変わった人のほうが記憶力が落ちちゃうみたいなんです。再び元の部屋に後ほど戻ってくると、進行中のタスクに関する記憶力が劇的に戻るといった現象は認められず、あくまでもドアをくぐり抜けると思考がパタッと途絶えてしまうとの仮説が実証されるに至ったとのことですね。
考え事をしながら部屋を出ると記憶にはよくないとの新発表…|ギズモード・ジャパン
Tue.,
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道路で走るときの鉄則

  1. 大前提として、まわりの車などの動きをよく観察すること。
  2. 車の動きを予測しながら走り、必要ならばこれから行く方向を手信号でサインを出すこと。
  3. 交差点に進入するときに左折車に気をつけること。まっすぐ走行するときは対向車の右折に気をつけなければいけない。自転車の存在に気づいていないこともある。交差点を通過するまでは道路の端の方に寄らずに走るのも良い対策となる。
  4. 路面が濡れているときには、コーナーを曲がるときやブレーキをかける際に塗装された中央ラインや横断歩道に注意して走ること。塗装部分は雨天時、非常に滑りやすくなっているので出来る限り避けて走ろう。
  5. 道路を横切っている歩行者には用心すること。別の方向を見ていることもあり、見えない陰のところは全く注意がいかないことが多い。
  6. 後ろを振り向かないで車線変更する車に気を付けること。
  7. 突然追い抜いてくるバスに注意すること。前方にバス停があるがためにバスが追い抜いて進行を妨げてしまうこともある。そうなる前に回り込んで走らないといけない。
  8. 自転車専用道路ではなく車と一緒に走る方が安全なこともある。どれぐらいのスピードで走っているかによるが、速いロード乗りにとっては他のサイクリスト、ゆっくり走っている電動自転車やたくさんの歩行者を追い抜いて行くことはかなりの危険を伴う。25Km/h以下で走行するサイクリストにとっては自転車専用道路で走った方が賢明な選択と言える。
  9. 運転手とお互いにコミュニケーションを取ることはとても大事だ。手を振ったり、指差したり、合図を送って通行する道の権利を示すことができる。また、アイコンタクトも大切だ。道を譲ってくれたときは親切な態度をとり、手を振るなどの合図をして感謝を示すこと。
  10. どんなときでも自分の意志をドライバーに伝えること。車の流れと一緒に走行するのが基本であり、蛇行してはいけない。何台もの気難しい運転手の前で赤信号を無視したりすると、サイクリストが道路から閉め出されてしまうかもしれない。
  11. 感情を剥き出しにして怒らないこと。それは相手の運転手を怒らせるだけであり、あなたの所に戻ってきて何をされるかわからない。どんな時でも礼儀正しく振る舞おう。
道路で安全に走るための11の秘訣 : CYCLINGTIME.com

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Wed.,
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「制限」が創造性を高める理由 «&#160;WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム
パズルなどを解いているときに「障害物」があったほうが、物事を大局的に眺める傾向が高まり、発想が拡大するという研究結果が発表された。
人間の創造性に関してはたくさんのパラドックスがあるが、そのなかのひとつは、制限があるほど創造性が高まるらしいということだろう。われわれは、想像力は完全に自由な状態を必要とすると思いがちだが、実際の創造的プロセスは、厳密な約束事や形式上の条件と深く絡み合ったものなのだ。
おそらくその最もよい例は詩だろう。一見すると詩は、文脈や文法に従う必要はないので、普通の文章より自由に見えるが、ほとんどの詩人は既存の詩の形式を尊重している。俳句やソネット[十四行詩]やセステット[十六行韻文]などだ。彼らは、自由に詩を作るよりは、構造的な条件を求める。それはなぜだろう。
この問いに、「The Journal of Personality and Social Psychology」に掲載されたアムステルダム大学のジェニナ・マルグクらによる研究は、興味深い回答を示している。障害物があることによって、人の精神的な視界が広がるというのだ。
障害物というものは、目の前の問題から途中で逃げ出す気持ちを起こさせるのでない限り、人間に対して、一歩うしろへ下がって、より全体的でゲシュタルト的な処理方法をとるように促す効果があると考えられる。その結果、人間は物事を大局的に眺め、一見すると無関係な情報を概念的に結びつけて考えることが可能になる。
彼らはこの仮説を確かめるため、いくつかの実験を行っている。最初の実験では、学生25人に、アナグラム (言葉のつづり変え) を使った一連のパズルを解かせた。学生たちの半数は、「障害物」のある状況下 (アナグラムとは無関係の言葉を淡々と繰り返す声を聞かせる) に置かれた。その後、学生たち全員に認知テストを受けさせ、物事の全体を捉えた思考をしているか、局所を捉えた思考をしているかを評価した。
すると事前の予想どおり、音という障害物を与えられた被験者たちのほうが、大局的な視覚的ターゲットへの反応が有意に優れていた。すなわち彼らは、細かい部分よりも、全体に注意を向けていた。
例えば、「ネイヴォン (Navon) 課題」と呼ばれる上のような図を見せられ、どんな字が含まれているかと問われたとき、学生たちは自動的に (左上から時計回りに) 「E」「S」「H」「A」と読む傾向を示した。これに対し、事前に障害物を与えられなかった被験者たちは、これらの図を「A」「H」「S」「E」と読み、細部に注意を向ける傾向を示した。研究チームはこの変化を「知覚的視野」の広がりと呼び、障害物の存在が、被験者が気づくことのできる範囲を広げた可能性を示唆している。
また、障害物は知覚的な視野を広げるだけでなく、概念的な視野も広げる。実験において、アナグラムを解く間、数字をランダムに読み上げる声を聞かされるという不快な障害を与えられた被験者たちは、概念的分類を柔軟に用いる能力においても優れた成績を示した。例えば、電話は普通、家電やコミュニケーション機器とされるだけだが、障害を与えられた被験者は、電話の概念をより広くとらえ、「家具の一種」としても認識することができた。こうした柔軟性は、人が新しい概念を思いつくときに必要なものだ。そういうとき人は、慣れ親しんだ思考の境界を超えなければならないからだ。
最後の実験では、被験者たちはコンピューターの迷路ゲームを行った。一部の被験者が遊んだゲームでは、障害物が道をふさいでいるため、迷路を抜けるルートの発見は格段に難しくなっていた。その後被験者たちは、創造性の標準的尺度として知られる「遠隔性連想検査」を受けた。検査では、例えば「嫉妬」「ゴルフ」「豆」など、画面上に3つの単語が表示され、被験者はそれらすべてを結びつける4つめの単語を答えなければならない。この例の場合は「緑色」だ。[英語には「green with envy (ねたむ、うらやましがる) 」等の表現がある]
興味深いことに、事前に障害物のある状況に置かれた被験者は、そうでない被験者に比べて、遠隔性連想問題の正答率が40%高かった。障害物があることで、彼らはより創造的な心理的状態に向かったのだ。
この研究結果が示す大きな教訓は、脳とは無限に近い可能性をもつ神経の集合体であり、「何に注意を与えないか」という選択に、実は多くの時間とエネルギーを費しているということだ。その結果、効率性を重視すると、創造性が犠牲になる。われわれは通常、散文的に考えており、象徴的で詩的な思考は行っていない。そして、予期せぬ障害物、簡単には乗り越えられないハードルに行き当たって初めて、認知の連鎖がゆるめられる。それによって、無意識の中にかすかに光る、普通では考えつかないつながりに至る新たな道を発見することが可能になるのだ。
このことは、詩の形式がいつまでも廃れない理由を説明している。ソネットという形式があるおかげで、より大局的な思考が行われ、平凡な連想を超えた、オリジナルな詩が生み出されるのだ。きっかり3音節で韻を踏んでいる言葉を見つけたり、弱強格に合う形容詞を思いついたりしなければならないおかげで、詩人はありとあらゆる予想外の連想に出合うことができる。
ポール・ヴァレリーが言っていたように、「芸術が固有に備える制限によって、その想像が鈍ってしまうのではなく刺激される時、人は詩人となる」。彼らは、束縛に進んで入りこむことによって、拘束を超えているのだ。
「制限」が創造性を高める理由 « WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム

パズルなどを解いているときに「障害物」があったほうが、物事を大局的に眺める傾向が高まり、発想が拡大するという研究結果が発表された。

人間の創造性に関してはたくさんのパラドックスがあるが、そのなかのひとつは、制限があるほど創造性が高まるらしいということだろう。われわれは、想像力は完全に自由な状態を必要とすると思いがちだが、実際の創造的プロセスは、厳密な約束事や形式上の条件と深く絡み合ったものなのだ。

おそらくその最もよい例は詩だろう。一見すると詩は、文脈や文法に従う必要はないので、普通の文章より自由に見えるが、ほとんどの詩人は既存の詩の形式を尊重している。俳句やソネット[十四行詩]やセステット[十六行韻文]などだ。彼らは、自由に詩を作るよりは、構造的な条件を求める。それはなぜだろう。

この問いに、「The Journal of Personality and Social Psychology」に掲載されたアムステルダム大学のジェニナ・マルグクらによる研究は、興味深い回答を示している。障害物があることによって、人の精神的な視界が広がるというのだ。

障害物というものは、目の前の問題から途中で逃げ出す気持ちを起こさせるのでない限り、人間に対して、一歩うしろへ下がって、より全体的でゲシュタルト的な処理方法をとるように促す効果があると考えられる。その結果、人間は物事を大局的に眺め、一見すると無関係な情報を概念的に結びつけて考えることが可能になる。

彼らはこの仮説を確かめるため、いくつかの実験を行っている。最初の実験では、学生25人に、アナグラム (言葉のつづり変え) を使った一連のパズルを解かせた。学生たちの半数は、「障害物」のある状況下 (アナグラムとは無関係の言葉を淡々と繰り返す声を聞かせる) に置かれた。その後、学生たち全員に認知テストを受けさせ、物事の全体を捉えた思考をしているか、局所を捉えた思考をしているかを評価した。

すると事前の予想どおり、音という障害物を与えられた被験者たちのほうが、大局的な視覚的ターゲットへの反応が有意に優れていた。すなわち彼らは、細かい部分よりも、全体に注意を向けていた。

例えば、「ネイヴォン (Navon) 課題」と呼ばれる上のような図を見せられ、どんな字が含まれているかと問われたとき、学生たちは自動的に (左上から時計回りに) 「E」「S」「H」「A」と読む傾向を示した。これに対し、事前に障害物を与えられなかった被験者たちは、これらの図を「A」「H」「S」「E」と読み、細部に注意を向ける傾向を示した。研究チームはこの変化を「知覚的視野」の広がりと呼び、障害物の存在が、被験者が気づくことのできる範囲を広げた可能性を示唆している。

また、障害物は知覚的な視野を広げるだけでなく、概念的な視野も広げる。実験において、アナグラムを解く間、数字をランダムに読み上げる声を聞かされるという不快な障害を与えられた被験者たちは、概念的分類を柔軟に用いる能力においても優れた成績を示した。例えば、電話は普通、家電やコミュニケーション機器とされるだけだが、障害を与えられた被験者は、電話の概念をより広くとらえ、「家具の一種」としても認識することができた。こうした柔軟性は、人が新しい概念を思いつくときに必要なものだ。そういうとき人は、慣れ親しんだ思考の境界を超えなければならないからだ。

最後の実験では、被験者たちはコンピューターの迷路ゲームを行った。一部の被験者が遊んだゲームでは、障害物が道をふさいでいるため、迷路を抜けるルートの発見は格段に難しくなっていた。その後被験者たちは、創造性の標準的尺度として知られる「遠隔性連想検査」を受けた。検査では、例えば「嫉妬」「ゴルフ」「豆」など、画面上に3つの単語が表示され、被験者はそれらすべてを結びつける4つめの単語を答えなければならない。この例の場合は「緑色」だ。[英語には「green with envy (ねたむ、うらやましがる) 」等の表現がある]

興味深いことに、事前に障害物のある状況に置かれた被験者は、そうでない被験者に比べて、遠隔性連想問題の正答率が40%高かった。障害物があることで、彼らはより創造的な心理的状態に向かったのだ。

この研究結果が示す大きな教訓は、脳とは無限に近い可能性をもつ神経の集合体であり、「何に注意を与えないか」という選択に、実は多くの時間とエネルギーを費しているということだ。その結果、効率性を重視すると、創造性が犠牲になる。われわれは通常、散文的に考えており、象徴的で詩的な思考は行っていない。そして、予期せぬ障害物、簡単には乗り越えられないハードルに行き当たって初めて、認知の連鎖がゆるめられる。それによって、無意識の中にかすかに光る、普通では考えつかないつながりに至る新たな道を発見することが可能になるのだ。

このことは、詩の形式がいつまでも廃れない理由を説明している。ソネットという形式があるおかげで、より大局的な思考が行われ、平凡な連想を超えた、オリジナルな詩が生み出されるのだ。きっかり3音節で韻を踏んでいる言葉を見つけたり、弱強格に合う形容詞を思いついたりしなければならないおかげで、詩人はありとあらゆる予想外の連想に出合うことができる。

ポール・ヴァレリーが言っていたように、「芸術が固有に備える制限によって、その想像が鈍ってしまうのではなく刺激される時、人は詩人となる」。彼らは、束縛に進んで入りこむことによって、拘束を超えているのだ。

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