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Post(s) tagged "*心理学"

Sat.,
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「お人好しでは勝てない」とは、大リーグの往年の名監督、レオ・ドローチャーが1948年に残した言葉だ。ドローチャーはこの含蓄ある言葉を後に撤回するが、彼の人間に対する悲観的な見方をよく表している。我々は、トップに上り詰めるためには倫理的な面で妥協を強いられると、当然のように考えているが、恐らくはスティーブ・ジョブズのように大声や金切り声を上げたり、または映画「ウォール街」の登場人物ゴードン・ゲッコーのように法律を破ったりしなければならないのだろう。人生のゲームに勝つ人間は他の人と同じルールに従っていないし、だからこそ勝利者なのかもしれない。そこが重要な点だ。
ドローチャーや他の悲観論者は正しかったことが判明した:いわゆる「いい人」は損をしており、少なくとも稼ぎが大幅に少ないことが分かった。Journal of Personality and Social Psychology誌に掲載されたコーネル大学のベス・A・リビングストン、ノートルダム大学のティモシー・A・ジャッジとウェスタンオンタリオ大学のチャーリス・ハーストが行った研究によると、協調性の高さと収入のレベルは反比例するという。
用語の定義から始めよう。「協調性」には6つの要素がある:信頼性、率直さ、従順さ、利他主義、慎み深さ、そして優しさ。性格のいい人はこういった特長をすべて備えていると考えて間違いないだろう。それならなぜ、こういった特長を持っていない人間が職場で競争力を発揮するのだろうか?
性格の良いことは欠点かもしれない。その理由を考えると協調性のない人のことがよく理解できる。ここでいう協調性のない人間とは、アーティストのアリ・ゴールドのように振舞うことではないし、反社会的存在や意図的に他人に苦痛を与える人間であることをも意味しない。そうではなく、むしろ一般的に言ってかなり慎み深く、仲間から好かれるような人間も含まれる。しかしながら、ここでいう協調性のない人は、例外なくある特性を示している:彼/彼女らは「争いの際に自分のポジションを積極的に主張する」ことをためらわない。協調性のある人はグループの利益のためにすぐに妥協する—争いは決して楽しいことではないからだ—が、協調性のない人は態度を変えることはないし、自分が望むもののために戦うことを厭わない。
協調性と収入がどのような関係にあるのか探るため、リビングストンらはデータの収集を開始した。対象者は、最近10年間に新たに労働市場に参入した約9,000人。対象者のキャリアについてインタビューを繰り返し、認知/人格テストを実施した。協調性のレベルは、例えば、次のような質問で測定される:「5段階評価のうち、1が喧嘩好きで5が協調性があるとすると、自分は何点だと思いますか?」。または「1が協力的な人間で5が付き合うのが難しい人間だとすると、自分は何点だと思いますか?」。リビングストンらはこの調査結果と所得データの比較を行った。
その結果は驚くべきものであった。まず分かったのは新たに労働力となった女性の収入は男性よりもはるかに少ないという悲しい現実だった。教育、結婚/非婚、週の労働時間、雇用の継続性といった項目を考慮しても、若い女性の収入は同世代の男性よりも4,787ドル、平均で14%近く少ない。さらに、協調性のある男性の収入はそうでない男性よりも7,000ドル近く少ないことも分かった (女性はそれほど変わらず、わずか1,100ドル少ないだけだった) 。これも気を滅入らせる事実だ。
リビングストンらは研究を続け、その調査結果にて協調性のある人の収入が比較的少ないことを明らかにした。個人の特性や、性格のいい人は比較的儲からない職業を選択する傾向があるといった変数 (その数は膨大だ) を考慮しても、だ。リビングストンらはデータの結論を次のようにまとめている。
最初に行った3つの研究では、協調性が標準以下の人の収入は、標準以上の人を18.31パーセント (9,772ドル) 上回ることが分かった。一方、女性部門ではそれほど差が大きいわけではなく、非協調性という”特権”を持っている収入額はたった5.47パーセント (1,828ドル) 高いだけだった。この”特権”は、女性よりも男性に与える影響が強く、3倍以上も差が付くことが分かった。
この悲しい相関関係の要因は何だろうか?リビングストンらは最後の研究として、南部にある巨大な大学の経営学部の学生460人に対し実験を行った。ある職業に8人の候補者がいるという設定で、いずれの候補者も知的で洞察力があり、良心的な人物である。しかし、協調性のレベルはまちまちで、信頼でき、利他的かつ謙虚な人もいればそうでない人もいる。どの男性あるいは女性の候補者が管理職になることができると思うか聞き取りを行った。
またしても残念な結果が出た:協調性の高い候補者は管理職になれない可能性が高く、特に男性の場合はそれが顕著という結果が出た (女性の場合は性格のいかんにかかわらず、昇進の可能性がやや低い傾向にあった) 。
この実験結果は、お人好しの男性はモノにならないことを示唆している。というのも、人々はそういった人物に対して少しばかりの偏見をもっているからだ。協調性のある人々は解雇されにくいだろうし、人を監督する立場になるだろうが、賃上げ交渉にはあまり役に立たない。言い換えれば、非協調的な人が経済的な利益を享受するのは、彼/彼女らには自分の望むもののために戦う (たとえ他人を不快にさせるにしても) 意欲があるからだ。さらにリビングストンらが主張するのは、協調性のある男性はジェンダーとしての役割を果たしていないため、損をしているということだ。男性は自分の関心や利益ばかりを追求すると考えられているので—紋切り型で申し訳ない—自分のために行動しない男性を見下す傾向があり、引いては非独善的かつ利他的な男性への反発に繋がっている。言い換えれば、我々は最悪な人間に期待し、最高の人間に罰を与えているのだ。
とはいえ、お人好しの男性にとって悪いことばかりではない。新たな研究によると、優しさは、女性がパートナーを探す際の最も重要な項目だ (当然のことながら、手軽に恋愛をしたい人にとっては見た目のほうが重要だろうが) 。協調性でお金は儲からないかもしれないが、恋愛には役立つかもしれないし、幸せになることができるかもしれない。それは少しばかりお金が儲かることより重要なことだろう。
研究結果:お人好しほど収入は少なくなる « WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム
Sat.,
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このほど学術誌「Quarterly Journal of Experimental Psychology」に発表されたノートルダム大学のガブリエル心理学教授の研究結果から、考え事をしながら部屋を移動すると、ドアをくぐり抜けた瞬間に、ふと記憶が途切れてしまう傾向があることが判明したそうですよ。同じだけ歩き回ったとしても、部屋の中にずっといる人と、ドアを開けて部屋の外へ出て移動した人とでは、なぜか扉を通って部屋が変わった人のほうが記憶力が落ちちゃうみたいなんです。再び元の部屋に後ほど戻ってくると、進行中のタスクに関する記憶力が劇的に戻るといった現象は認められず、あくまでもドアをくぐり抜けると思考がパタッと途絶えてしまうとの仮説が実証されるに至ったとのことですね。
考え事をしながら部屋を出ると記憶にはよくないとの新発表…|ギズモード・ジャパン
Tue.,
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「試してみる」と考え、とりあえずやる
「グズ」のタイプの1つに「スタート・グズ」があります。
  • 緊張
  • 不安
  • 気分が乗らない
などの理由で、スタートに踏み出せないことです。 そんな気分を軽くするために、「試してみる」と考え、とりあえずやってみることが大切です。 質を上げたり、不具合を直すなんてことは、あとでやれば良いのです。 とりあえずやってみれば、直すべき点が早く分かります。 それを直していけば、「とりあえずやってみる」で始めたはずが、結果的にゆっくり丁寧にやるのに比べても質が上がるのです。 今、私がこのブログ記事を書いているその書き方も同じです。 「どうまとめようかな?」などと考えず、「とりあえず」書き始めました。 しかし、一度でうまく書けることなどありません。 そこで、何度も修正を加えます。 とにかく試しに書いてみれば、書いていくうちに修正点が分かり、作業がノってくるのです。
得意なことからやる
苦手なことから取り掛かると、いつまでもグズグズしてしまいます。 得意なことから始めましょう。 苦手なことを先延ばししているようにも思えますが、得意なことも苦手なことも両方遅くなるよりマシです。 得意なことを先にどんどんアウトプットしていれば、やがて得意な仕事が自分に集まるようになります。 苦手なことをしなくてよくなるかもしれません。 「◯◯ならAクン」と認知されるようになるわけです。 なんでもまんべんなくほどほどにできる人よりもチャンスが多く集まるようになります。
精神的な疲れのときは休憩しない
「疲れたときは休憩する」というのはたしかに必要です。 しかし気を付けたいのは、疲れの「種類」です。 肉体的な疲れなら、休みましょう。 精神的な疲れなら、「なにもしないで休む」では休まりません。 その場合の「疲れたから休憩」は言い訳です。 休むのではなく、別のことに取り組んで「気分転換」しましょう。 勉強や読書なども同じです。 以前も書きましたが、国語の勉強の休憩として、数学を勉強すれば良いのです。
やり方を知る
あなたが始められないのは、そもそも「やり方を知らない」からかもしれません。 カッコつけず、他人のマネから始めてみてはどうでしょう。 恥ずかしがらず、できる人にやり方を聞いてみてはどうでしょう。 それだけでグっと先へ進めることができます。 やり始めたけど時間がかかっているときも同様です。 あなたのグズは、能力や性格の問題ではありません。 知れば、できるのです。
これならできる!必ずグズを治す4つの方法 - ライフハックブログKo’s Style

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Mon.,
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「そんなの当たり前じゃないの」に、ひどく傷つく
得意げに「知ってる?」なんていわれると、ちょっとバカにさているように感じ、気持ちがざわざわしてくる。つい、こんなふうに言い返してしまうのではないだろうか。
「えっ?そんなこともしらなかったの。ぼくは、とっくに知ってたけど」 P.33
先日、「あーー知ってる知ってる」はカッコ悪いという話を紹介しました。 これは、言う本人についての話でしたが、言われた側を傷つけることもありますね。
知らなかったふりをして驚いて見せるぐらいの、気持ちのゆとりがあってもいいのではないか P.34
つい張り合ってしまいそうですが、気をつけましょう。
人の「好きなもの」をからかってはいけない
人は「自分が理解できないことをしている人」「自分とライフスタイルが違う人」「自分が好きになれないものに熱中している人」がいると、その人を見下す、さげすむ、毛嫌いする、そんな心理的な傾向がある。 P.20
悪気なく、ついついやってしまっていることがあるのではないでしょうか。 相手の「価値観」を否定することは、相手の「過去・人生」を否定していることになってしまいます。
「自分と違う」から、「普通の人と異なるから」という理由だけでバカにされたら、だれだって傷つく P.21
「変わっている」は「個性的だ」、マネできない、あきれるほどすごいことは「うらやましい」と表現するのが良いでしょう。
イライラするとつい口に出る「だから、何がいいたいの?」
仕事が忙しくて気持ちにゆとりがなくなっているとじっくり話を聞く忍耐力が低下しています。 ついついイライラしてしまいそうですが、冷静に状況を説明するとよいでしょう。
「いま五分しか時間がないんです。五分で話をまとめてくれますか」
ビジネスでいえば結論から言うのが鉄則。 しかしこれ、プライベートでもありますね (苦笑) 。 奥様の話を聞きながら「何が言いたいの?」と思っている男性も多いとか (笑) 。 そこはオウム返しで話を聞いてあげ、相手を心地よくさせるのが家庭円満につながるのでしょうね。
「女なのに」「男のくせに」は禁句
これもよく言われることですね。 しかし、頭で分かっていてもつい口走ってしまうこと、あるのではないでしょうか。 気をつけたいところです。 逆に、これをポジティブに使うこともできるといいます。
ちなみに「女なのに」「男のくせに」は禁句だが、相手をおだてて乗せるときに「女」「男」という言葉を上手に使えば、さらに効果的 P.98
つまり、
「女性らしいおもいやり」
「男らしいところを尊敬している」
などですね。 確かに普通にホメるよりプラスアルファの良い効果がありそうです。
男の「別に」「何も」「まあまあ」が、女ごころを傷つける
「気のない返事」というやつですね (笑) 。
女: 今日の夕食、食べたいものある?
男: 別に…
女: ねぇ、この服可愛い?
男: まぁまぁ
たとえつまらない話だったとしても (笑) 、一緒になって考える姿勢を示したり、意見を言うことが大切なのですね。 …気をつけましょう。
武勇伝に対するリアクションが悪いと「男のプライド」が傷つく
男というものは、好きな女の前で自慢話、武勇伝をするのが好きだ。
(中略)
だが、女には「男の自慢話」になんて興味はないようである P.109
…身に覚えがある男性もいるのでは (苦笑) 。 仕事の武勇伝、過去の武勇伝…。 たとえつまらない話だったとしても (笑) 、女性からのリアクションとしては、
「あ、そう。ふーん」
「だから、どうしたの?」
ではなく、
「すごい!ほんと!」
「それで、どうしたの?」
のように、男のプライドをくすぐるのが良いとのこと。 かしこい女性はこう考えます。
男が傷つくのは面倒なことが多いと思う。結局は、そばにいる女性がストレスを貯めることにもなる P.111
人の上に立つ者は「無言、無表情の暴力」に注意せよ
最後に紹介するのは「言い方」ではなく「無言」ということ。 確かに、部下からすると、上司の顔色ひとつで緊張感が高まるものです。 怒っているつもりはなくても、部下のあいさつや話に対するあなたの「無表情」が、部下が凹ませるなんてことがあるかもしれませんよ。
[チェック] あなたのその「言い方」が人を傷つける - ライフハックブログKo’s Style

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先手必勝
「第一陣、最初の12人を希望する方は手を挙げてください…!」
この段階では、まだギャンブルの中身は一切明かされていないため、戸惑い、様子見する者が続出。しかしそんな中、カイジは先手必勝とばかりに力強く挙手し、第一陣への参加を表明したのである。 P.16
ギャンブルでなくてもこういうシーンはよくあります。
「誰からやりますか?一番にやりたい人!」
そう言われたら、たいていの人は様子見なのではないでしょうか。 一番は確かに勇気がいります。 しかし、手を挙げてしまえば、心理的には勢いに乗ることができます。 逆に後攻になれば気持ちが萎縮してしまうのです。
「様子見して、後出しして、一番美味しいところを持っていこう」
なんて思っている間に、あなたはチャンスを逃したり、心理的に不利になっているかもしれません。 超速行動が良いですね。
直感は血肉・歴史
負けたら全身バラバラの刑!そんな極限の状況下で、定石的な判断か、直感的な判断か、二つに一つを迫られたカイジ。迷った末、後者を選んで、一命を取り留める。カイジいわく「直感はオレの血肉…オレの歴史…!」。 P.25
以前、脳科学者の茂木健一郎さんがこうおっしゃってました。
「直感は経験・価値観・思いなどを総合的に脳が無意識に判断し出した答え」
つまり、直感を信じることは、決して適当とかいい加減な思いつきものではないのです。 学生のハンドボール選手を集めて試合中のビデオを見せ、次はどう動けば良い?という質問に直感で答えてもらったところ、専門家の意見と変わらなかった、という研究結果もあるそうです。 時間をかけて考えずに悩んでいるくらいなら、直感を信じてすぐ決断したほうが良さそうです。
アゴを上げろ
カイジのアゴはシャクレていますが、実はあのアゴも勝負に影響しているというのが著者の解釈です (笑) 。
カナダにあるラバル大学のアーヴィット・カッパス博士は、72枚のいろいろな表情の写真から、人々がどのような印象を受けるのかを調査した。
その結果、アゴを20~40度上げている写真からは、「自信がありそう」「有能そう」「リーダーシップがありそう」「幸せそう」などのポジティブな印象を受ける人が多かった。 P.40
カイジは顔が下を向いてもアゴは上を向くという意味で得をしているのです (笑) 。 我々もより良いように見られたければ、もっとアゴを上げて過ごしましょう。
命は粗末に扱え
耳を切断する奇策を用いて「Eカード」という賭けで勝利し、なおもリスクを冒して前進しようとするカイジに対してギャンブルの主催者兵藤会長が言った言葉です。
「素晴らしいっ…!命は…命は一つしかないから…大切にせよ…と人は言う…!親も教師も牧師も…TVの見識者…果てはミュージシャンまであらゆる人間がそう言う…のうっ…!ククク…だから…ダメなのだっ…!命はもっと…粗末に扱うべきなのだっ…!命は…生命は…丁寧に扱いすぎると澱み腐る…!」 P.148
我々は守りに入ると力を発揮できません。 力を温存しようなんて思っているうちに、それを発揮せずに死んでいくのです。 命は粗末に扱え、というのは極端な言い方ですが、せめて20%だけオフェンスモードで居たいものです。
迷っていたらチャンスは去る
恐ろしいギャンブルへのエントリーをためらう若者に、その場を仕切る利根川がこう言い放ちます。
「ククク…話にならぬクズ…!おまえらは生まれてから何度…そのセリフを吐いた…?まだわからんのか…?世間はおまえらの母親ではない。おまえらクズの決心をいつまでも待ったりはせん…!つまりもう終わりだ…!おまえらはもうとっくにタイムオーバー。チャンスは去った。一生迷ってろ。そして失い続けるんだ…貴重な機会を…!」 P.144
これも強烈なセリフですね。 「ちょっと待って…」なんていつも言っていては、チャンスは去ってしまいます。 ちなみに、ユニクロの柳井社長がよくこう言われるそうです。
「走りながら考えてください!」
人間の後悔の多くは、「やったこと」ではなく「やらなかったこと」なのだと言います。 「やらない」より「やってみる」。 「明日から」ではなく「今日だけ」やる。 うだうだと迷ってしまいそうなとき、上記の利根川のセリフ「チャンスは去った。一生迷ってろ」を思い出しましょう。
ダメな人に感謝しろ
借金まみれで隙だらけの古畑、隙あらばすぐに人を裏切る安藤、泣き虫でマイナス思考の石田、弱虫のくせにお調子者の三好…。
カイジは仲間に恵まれている。これは皮肉で言っているのではない。周囲が頼りにならないダメ人間ばかりだからこそ、カイジは「オレががんばるしかない!」と本気にならざるを得ず、結果としておおいなる成長を遂げ、今もしたたかに生きているのである。 P.160
フリーライダー効果というのがあるそうです。 これは、有能なパートナーがいると、相手に任せてしまうために怠けてしまうことを言います。 なかなか難しいですが、周りのダメな人にイラつくよりもむしろ感謝し、自分の成長のチャンスと考えましょう。 ついでに、相手を「言い方」で人を傷つけることのないよう気を付けたいところです。
カイジに学ぶ!人生の駆け引きに勝つための心理術 ~本「カイジ 逆転の心理学」 - ライフハックブログKo’s Style

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Wed.,
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「制限」が創造性を高める理由 « WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム
パズルなどを解いているときに「障害物」があったほうが、物事を大局的に眺める傾向が高まり、発想が拡大するという研究結果が発表された。
人間の創造性に関してはたくさんのパラドックスがあるが、そのなかのひとつは、制限があるほど創造性が高まるらしいということだろう。われわれは、想像力は完全に自由な状態を必要とすると思いがちだが、実際の創造的プロセスは、厳密な約束事や形式上の条件と深く絡み合ったものなのだ。
おそらくその最もよい例は詩だろう。一見すると詩は、文脈や文法に従う必要はないので、普通の文章より自由に見えるが、ほとんどの詩人は既存の詩の形式を尊重している。俳句やソネット[十四行詩]やセステット[十六行韻文]などだ。彼らは、自由に詩を作るよりは、構造的な条件を求める。それはなぜだろう。
この問いに、「The Journal of Personality and Social Psychology」に掲載されたアムステルダム大学のジェニナ・マルグクらによる研究は、興味深い回答を示している。障害物があることによって、人の精神的な視界が広がるというのだ。
障害物というものは、目の前の問題から途中で逃げ出す気持ちを起こさせるのでない限り、人間に対して、一歩うしろへ下がって、より全体的でゲシュタルト的な処理方法をとるように促す効果があると考えられる。その結果、人間は物事を大局的に眺め、一見すると無関係な情報を概念的に結びつけて考えることが可能になる。
彼らはこの仮説を確かめるため、いくつかの実験を行っている。最初の実験では、学生25人に、アナグラム (言葉のつづり変え) を使った一連のパズルを解かせた。学生たちの半数は、「障害物」のある状況下 (アナグラムとは無関係の言葉を淡々と繰り返す声を聞かせる) に置かれた。その後、学生たち全員に認知テストを受けさせ、物事の全体を捉えた思考をしているか、局所を捉えた思考をしているかを評価した。
すると事前の予想どおり、音という障害物を与えられた被験者たちのほうが、大局的な視覚的ターゲットへの反応が有意に優れていた。すなわち彼らは、細かい部分よりも、全体に注意を向けていた。
例えば、「ネイヴォン (Navon) 課題」と呼ばれる上のような図を見せられ、どんな字が含まれているかと問われたとき、学生たちは自動的に (左上から時計回りに) 「E」「S」「H」「A」と読む傾向を示した。これに対し、事前に障害物を与えられなかった被験者たちは、これらの図を「A」「H」「S」「E」と読み、細部に注意を向ける傾向を示した。研究チームはこの変化を「知覚的視野」の広がりと呼び、障害物の存在が、被験者が気づくことのできる範囲を広げた可能性を示唆している。
また、障害物は知覚的な視野を広げるだけでなく、概念的な視野も広げる。実験において、アナグラムを解く間、数字をランダムに読み上げる声を聞かされるという不快な障害を与えられた被験者たちは、概念的分類を柔軟に用いる能力においても優れた成績を示した。例えば、電話は普通、家電やコミュニケーション機器とされるだけだが、障害を与えられた被験者は、電話の概念をより広くとらえ、「家具の一種」としても認識することができた。こうした柔軟性は、人が新しい概念を思いつくときに必要なものだ。そういうとき人は、慣れ親しんだ思考の境界を超えなければならないからだ。
最後の実験では、被験者たちはコンピューターの迷路ゲームを行った。一部の被験者が遊んだゲームでは、障害物が道をふさいでいるため、迷路を抜けるルートの発見は格段に難しくなっていた。その後被験者たちは、創造性の標準的尺度として知られる「遠隔性連想検査」を受けた。検査では、例えば「嫉妬」「ゴルフ」「豆」など、画面上に3つの単語が表示され、被験者はそれらすべてを結びつける4つめの単語を答えなければならない。この例の場合は「緑色」だ。[英語には「green with envy (ねたむ、うらやましがる) 」等の表現がある]
興味深いことに、事前に障害物のある状況に置かれた被験者は、そうでない被験者に比べて、遠隔性連想問題の正答率が40%高かった。障害物があることで、彼らはより創造的な心理的状態に向かったのだ。
この研究結果が示す大きな教訓は、脳とは無限に近い可能性をもつ神経の集合体であり、「何に注意を与えないか」という選択に、実は多くの時間とエネルギーを費しているということだ。その結果、効率性を重視すると、創造性が犠牲になる。われわれは通常、散文的に考えており、象徴的で詩的な思考は行っていない。そして、予期せぬ障害物、簡単には乗り越えられないハードルに行き当たって初めて、認知の連鎖がゆるめられる。それによって、無意識の中にかすかに光る、普通では考えつかないつながりに至る新たな道を発見することが可能になるのだ。
このことは、詩の形式がいつまでも廃れない理由を説明している。ソネットという形式があるおかげで、より大局的な思考が行われ、平凡な連想を超えた、オリジナルな詩が生み出されるのだ。きっかり3音節で韻を踏んでいる言葉を見つけたり、弱強格に合う形容詞を思いついたりしなければならないおかげで、詩人はありとあらゆる予想外の連想に出合うことができる。
ポール・ヴァレリーが言っていたように、「芸術が固有に備える制限によって、その想像が鈍ってしまうのではなく刺激される時、人は詩人となる」。彼らは、束縛に進んで入りこむことによって、拘束を超えているのだ。
「制限」が創造性を高める理由 « WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム

パズルなどを解いているときに「障害物」があったほうが、物事を大局的に眺める傾向が高まり、発想が拡大するという研究結果が発表された。

人間の創造性に関してはたくさんのパラドックスがあるが、そのなかのひとつは、制限があるほど創造性が高まるらしいということだろう。われわれは、想像力は完全に自由な状態を必要とすると思いがちだが、実際の創造的プロセスは、厳密な約束事や形式上の条件と深く絡み合ったものなのだ。

おそらくその最もよい例は詩だろう。一見すると詩は、文脈や文法に従う必要はないので、普通の文章より自由に見えるが、ほとんどの詩人は既存の詩の形式を尊重している。俳句やソネット[十四行詩]やセステット[十六行韻文]などだ。彼らは、自由に詩を作るよりは、構造的な条件を求める。それはなぜだろう。

この問いに、「The Journal of Personality and Social Psychology」に掲載されたアムステルダム大学のジェニナ・マルグクらによる研究は、興味深い回答を示している。障害物があることによって、人の精神的な視界が広がるというのだ。

障害物というものは、目の前の問題から途中で逃げ出す気持ちを起こさせるのでない限り、人間に対して、一歩うしろへ下がって、より全体的でゲシュタルト的な処理方法をとるように促す効果があると考えられる。その結果、人間は物事を大局的に眺め、一見すると無関係な情報を概念的に結びつけて考えることが可能になる。

彼らはこの仮説を確かめるため、いくつかの実験を行っている。最初の実験では、学生25人に、アナグラム (言葉のつづり変え) を使った一連のパズルを解かせた。学生たちの半数は、「障害物」のある状況下 (アナグラムとは無関係の言葉を淡々と繰り返す声を聞かせる) に置かれた。その後、学生たち全員に認知テストを受けさせ、物事の全体を捉えた思考をしているか、局所を捉えた思考をしているかを評価した。

すると事前の予想どおり、音という障害物を与えられた被験者たちのほうが、大局的な視覚的ターゲットへの反応が有意に優れていた。すなわち彼らは、細かい部分よりも、全体に注意を向けていた。

例えば、「ネイヴォン (Navon) 課題」と呼ばれる上のような図を見せられ、どんな字が含まれているかと問われたとき、学生たちは自動的に (左上から時計回りに) 「E」「S」「H」「A」と読む傾向を示した。これに対し、事前に障害物を与えられなかった被験者たちは、これらの図を「A」「H」「S」「E」と読み、細部に注意を向ける傾向を示した。研究チームはこの変化を「知覚的視野」の広がりと呼び、障害物の存在が、被験者が気づくことのできる範囲を広げた可能性を示唆している。

また、障害物は知覚的な視野を広げるだけでなく、概念的な視野も広げる。実験において、アナグラムを解く間、数字をランダムに読み上げる声を聞かされるという不快な障害を与えられた被験者たちは、概念的分類を柔軟に用いる能力においても優れた成績を示した。例えば、電話は普通、家電やコミュニケーション機器とされるだけだが、障害を与えられた被験者は、電話の概念をより広くとらえ、「家具の一種」としても認識することができた。こうした柔軟性は、人が新しい概念を思いつくときに必要なものだ。そういうとき人は、慣れ親しんだ思考の境界を超えなければならないからだ。

最後の実験では、被験者たちはコンピューターの迷路ゲームを行った。一部の被験者が遊んだゲームでは、障害物が道をふさいでいるため、迷路を抜けるルートの発見は格段に難しくなっていた。その後被験者たちは、創造性の標準的尺度として知られる「遠隔性連想検査」を受けた。検査では、例えば「嫉妬」「ゴルフ」「豆」など、画面上に3つの単語が表示され、被験者はそれらすべてを結びつける4つめの単語を答えなければならない。この例の場合は「緑色」だ。[英語には「green with envy (ねたむ、うらやましがる) 」等の表現がある]

興味深いことに、事前に障害物のある状況に置かれた被験者は、そうでない被験者に比べて、遠隔性連想問題の正答率が40%高かった。障害物があることで、彼らはより創造的な心理的状態に向かったのだ。

この研究結果が示す大きな教訓は、脳とは無限に近い可能性をもつ神経の集合体であり、「何に注意を与えないか」という選択に、実は多くの時間とエネルギーを費しているということだ。その結果、効率性を重視すると、創造性が犠牲になる。われわれは通常、散文的に考えており、象徴的で詩的な思考は行っていない。そして、予期せぬ障害物、簡単には乗り越えられないハードルに行き当たって初めて、認知の連鎖がゆるめられる。それによって、無意識の中にかすかに光る、普通では考えつかないつながりに至る新たな道を発見することが可能になるのだ。

このことは、詩の形式がいつまでも廃れない理由を説明している。ソネットという形式があるおかげで、より大局的な思考が行われ、平凡な連想を超えた、オリジナルな詩が生み出されるのだ。きっかり3音節で韻を踏んでいる言葉を見つけたり、弱強格に合う形容詞を思いついたりしなければならないおかげで、詩人はありとあらゆる予想外の連想に出合うことができる。

ポール・ヴァレリーが言っていたように、「芸術が固有に備える制限によって、その想像が鈍ってしまうのではなく刺激される時、人は詩人となる」。彼らは、束縛に進んで入りこむことによって、拘束を超えているのだ。

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Fri.,
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自分が他人に見せる顔も、他人が自分に見せる顔も、単純で理解しやすいものです。その人の特徴が端的に示されれば、誰しも相手のことをわかった気になります。しかし、実際自分が自分らしいと感じるものは内面にあるので、他人には知覚できません。
これを示す、ある研究結果があります。
研究チームが、被験者に「自分らしいと感じるのは、どんなときか?」とたずねたところ、実に78%の人々が「聴衆の前で演奏した後」や「喝采を浴びたとき」など、内面的で識別できないものを答えました。
一方で、友人や家族について「その個性を最もよく示している瞬間」をたずねたところ、内面的な感情を挙げたのはたった28%。それ以外の多くの人は、その対象の外面的なこと、例えば「トムはひどい冗談を言うとき一番トムっぽい」とか「ジルはロッククライミングしているときジルらしい」といった答えだったそうです。他人の内面的な状態は見えないので、このような結果になったのでしょう。
この非対称な洞察の錯覚という現象は、多くの問題を生み出しています。
一例を挙げると、「自分は相手の考えを理解しているので、これを完全に拒否してもいいのだ」と思う一方、「相手は自分の考えの一部でも理解できれば、自分に同意するだろう」と信じ込むことがあります。基本的に、自分は他人のことを理解でき、誰も自分のことを理解できない、と思い込んでしまうのです。
自分らしさの多くは内面にあるので、いかに正直な状態にあっても、他人に見せる顔は自分らしさを完全に表したものではありません。そして、それは他人が自分に見せる顔も同じこと。自分に見せている顔は、その人を完全に映したものではないのです。本当のその人らしさは、自分の手の届かないところにあるのだということを認識しましょう。
外見や表面的な言動でその人をわかったつもりになるのではなく、「他人には、どこまでいっても、わからないことがある」という前提の下で、少しでも理解しようと謙虚に歩み寄る。この姿勢こそ、他人とわかりあうための第一歩かもしれませんね。
「非対称な洞察の錯覚」から学ぶ、人が互いにわかりあうための第一歩|ライフハッカー [日本版]

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Thu.,
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純然たる怒りの感情だけがあって、それが身体化しなくても誰も困らない (見ている人は誰もいないのだから) 。
でも、誰も見ていない場所においてでさえ、私たちは見ている人がいれば「ああ、この人は怒っているのだな」とわかるような感情表現を外形化する。
外形化せざるを得ない。
というのは、身体表現抜きで、輪郭のはっきりした感情を維持することが私たちにはできないからである。
感情とは (観客がいないと意味をなさない) 社会的な記号なのである。
そして、強い感情表現は、それを見ている他者のミラーニューロンを賦活させるから、他者のうちに同質の感情を作り出す。
そこにある種の一体感が醸成される。
自分の内面には「そんな感情」がなくても、それを演じているうちに「そんな感情」が自分のうちにも、自分を見ている人のうちにも生まれてくるのである。
感情表現について (内田樹の研究室)

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Fri.,
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相手から情報を引き出すには、その人に「違う!」と言わせること
シャーロックホームズの会話術 | IDEA*IDEA
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ヒトは、自分が望まない考えを裏付ける事実を、たやすく無視してしまいがち。それが、自分の健康にかかわることであっても、です。Alex Lickerman博士は、心理学系ブログメディア「Psychology Today」で、自身の経験を踏まえ、ヒトが自分の思い込みに反する情報を無視しがちな理由を次のように考察しています。
Lickerman博士は、ある日仕事場からの帰宅途中、ちょっとした胸を痛みを感じました。そのとき、「最近やった虫垂切除の合併症かも」という思いはよぎったものの、病院にまた戻り、待合室で長時間待たされた挙句、検査してまた何か見つかったらイヤだなぁ…という気持ちが先に立ち、痛みを無視しようとしたとか。幸いその日の夜、別のお医者さんに電話でこの出来事を話したところ、「すぐに検査に来るように」と言われ、CTスキャンで放置すれば命にもかかわる肺塞栓症を発見できたそうです。
Lickerman博士によると、自分に都合の悪い事実を無視しがちな理由は、ほとんどの人が「自分は大丈夫だ」と思い込んでいるからだとか。兆候が現れてもなお、大丈夫だと言い張るものですが、それは重要でないからではなく、自分が望まないことだからです。
自分にもこのメカニズムが多少なりとも働くとすれば、身体の健康や生命にかかわるような重大な意思決定を、自分だけで行うのは適切でないかも。家族や信頼できる友人に見解に決定権を委ねるくらいのほうが、結果的に正しい判断が下せるのかもしれません。また、重大な意思決定が必要な局面に出会ったとき、自分の意思を闇雲に信じるのではなく、「この意思は、自分に都合のよい事実を無視して、決定されていないか?」と、少し疑ってみるだけでも、冷静さや客観性をいくらか担保できそうです。
「重大な意思決定は他人に委ねるほうがよい」という見解|ライフハッカー [日本版]

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